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『時空探訪・奇譚集』
『甦った三島由紀夫』
今回より『日陰の名曲』と題して、『ザ・楽士』で準メジャーな演奏家を扱ったように準メジャーな楽曲、あまり知られていない音楽の美しさ、すばらしさを紹介していこうと思う。
第1回としてベートーヴェンのヴァイオリンソナタ第8番を紹介したい。周知のようにベートーヴェンのヴァイオリンソナタは全10曲。第1~3番が1797年~1798年に作品12として作曲され、第4,5番が作品23,24で1800年~1801年の作。第6~8番が作品30として1801年~1802年に作曲、第9番が作品47で1802年~1803年、そして第10番が作品96、1812年に作曲された。こうしてみるとベートーヴェンのヴァイオリンソナタは第10番を除けば比較的若い時期に集中して作曲されていることがわかる。ピアノソナタのように生涯にわたり日記を書くように作り続けたのとは違う。
全10曲のうちいわゆる表題のついているのが第5番の「スプリング(春)」と第9番の「クロイツェル」の2曲。この2曲は表題の有無に関係なく全てのヴァイオリンソナタの中でも最高峰として、実際演奏会で弾かれる頻度も圧倒的に多く、CD発売枚数も群を抜いている。従って準メジャーな曲を取り上げるこの『日陰の名曲』では除外される。さて残り8曲の中から1曲選ぶとして、今回は第8番を紹介することにした。
作品30の3、ト長調。全3楽章通して15分程度の、ソナタとしては短めの曲である。同じ作品30の2、第7番は「春」「クロイツェル」に次いで演奏されることの多い、よく親しまれている作品で、ベートーヴェンの中期の様式が確固として展開され、美しくも迫力のある楽曲である。演奏時間も25分くらいかかる。私など第1楽章冒頭が「謎の問いかけ」のように思えて、いきなり引き込まれてしまう。これに対して第8番は対照的に全体に明るく軽快、さながら一陣の風が吹き抜けるような印象を受ける曲である。交響曲において、巨大にして神々しい第7番と第9番の間に位置する軽快でユーモラスな第8交響曲と、この第8番もヴァイオリンソナタにおいて丁度同じ位置関係にあると言えよう。
演奏するにあたって、楽譜上はさほど難しくない。実際私も昔習ったけれども、特に苦労した覚えはない。ただし楽譜の行間、即ち精神的な表現となると別問題。おそらく絶対的な正解などなく、弾き重ねていくにつれて変化していくものであろう。私は特に第2楽章が好きで、今でも時折この楽章だけ取り出して弾いている。ベートーヴェンの全ての緩徐楽章に見られる従容とした、堂々たる精神の高潔さを感じる楽想である。弾いていて本当に気持ちよく安らげる。ベートーヴェンという人の本性を感じ取ることができる。
第1楽章、アレグロ・アッサイ。階段を駆け上がって天辺からジャンプ、といった能天気なほどの解放感にあふれた楽章。第2楽章、テンポ・ディ・メヌエット、マ・モルト・モデラート・エ・グラティオーソ。先述の通り、心落ち着くと同時にベートーヴェンの成熟した精神が遺憾なく発揮された楽章である。第3楽章、アレグロ・ヴィヴァーチェ。親しみやすい旋律が明瞭軽快に滞ることなく走り抜ける、後味のいい楽章。
お勧めの演奏はグリュミオーかフランチェスカッティ。前者はとろけたチーズのような滑らかな味わい。後者は繊細でエレガントな演奏。
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