
<毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)>
『時空探訪・奇譚集』
『甦った三島由紀夫』
数ある室内楽曲でその王座を占めるのは、やはり弦楽四重奏曲であろう。多くの作曲家が多くの名作を世に残し、現在でも演奏会でよく耳にすることができるし、名盤を幾つも含むあまたの録音がなされてきた。特にベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲といったら、それこそ神の領域にあると言っても過言ではないほどに崇高な音楽である。
他の室内楽曲、例えばピアノと弦楽との二重奏、三重奏、四重奏曲など、またピアノの代わりにフルートであったりクラリネットであったり、組み合わせは幾通りもあるが、作品数もまた実際演奏会で取り上げられるのも弦楽四重奏曲ほど多くはない。従って常設の弦楽四重奏曲団は古今東西多く存在してきたし、輝かしい名声を得た四重奏団も幾つも登場したけれども、それ以外の例えば常設のピアノ三重奏団などは数えるほどしかない。つまりは各ソリストたちがその場限り集まってコンサートなり録音をするケースが多いということである。
というわけで今回扱うピアノ三重奏曲というジャンルそのものが「日陰の名曲」というタイトルにぴったりかもしれない。その中ではベートーヴェンの「大公トリオ」などは人気のある作品だし、シューベルトのも時折演奏されている。しかしハイドンの作品となると、録音も多くないし、コンサートで耳にする機会もめったにない。そこで今回はハイドンに焦点を当てようと思う。
ハイドンはピアノ三重奏曲を40曲近くも作っている。もっとも交響曲を100曲余り、弦楽四重奏曲を90曲ほど作曲している人だから特に驚くことはないのかもしれないが、正に職人というイメージが浮かぶ。作曲の時期としては三つに分類できると言われている。第1期が1750年代、第2期が1780年代以降のいわゆるエステルハージの時代、第3期が1790年代以降イギリス滞在の時代である。
全体を通してハイドンのピアノ三重奏曲はピアノが中心で、ヴァイオリンとチェロはその補佐役といった感が強い。特にチェロはバロック時代の通奏低音的な役割でしかないように思える。三者が対等に演奏されて、時には協調し時には丁々発止のやり取りをしながら展開していくというような構成が見られるのは、ベートーヴェンの作品になってからである。30分程かかる規模となり、また内容もずしんと深刻なものとなった。
ハイドンの作品はいずれも15分~20分程度のもので、三者が普段着で気楽に心を通わせるのを主眼にしたかのような楽風である。とは言え特に短調の作品、例えば第31番変ホ短調(この曲は2楽章しかない)の第1楽章アンダンテなど強い意思なり情感を促すものがある。他にも緩徐楽章に深い精神的なものを感じる作品、例えば第14番や第26番のアダージョなどを聴くと、この分野においてもハイドンは後にモーツァルト、さらにベートーヴェンを生み出すべく先駆者としての役を十分果たしている。
今回は「ハイドンのピアノ三重奏曲」ということで、特に一曲を取り上げるのではなく、どの作品でもいいから一度耳にして馴染んでもらいたいという願いから書いてみた。悪く言えば団栗の背比べと言ったところだが、逆に言うとどの曲も一聴の価値ありということと考えてほしい。
録音の種類もさほど多くはないけれども、ピアノがギレリス、ヴァイオリンがコーガン、チェロがロストロポーヴィチという錚々たるメンバーが集まったCDがあるが、こういった名人芸の披露よりも、アンドラーシュ・シフのトリオ(シフの夫人である塩川悠子のヴァイオリン、ボリス・ペルガメンシコフのチェロ)の方が、私としてはハイドンの意図と楽想に相応しいバランスのとれた演奏だと思う。あるいは常設のピアノトリオとして長年活動しているボザール・トリオの息の合った演奏もお勧め。
Copyright © Nu-su Publishing Inc. All Rights Reserved.