【連載】

ザ・楽士

鈴木 康央

 

 

<毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)>

 

 

 

 

 

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第19回

サンソン・フランソワ  

 

 今回は「悪童」サンソン・フランソワに登場していただく。1924年生まれ、1970年没のフランスのピアニスト。日本では一部の人、特に彼の得意とするショパン、ドビュッシー、ラヴェルのファンに人気があったようだが、一般的にはさほど知られていないかもしれない。知られているとしても、それは色々な面で行儀の悪いピアニスト、即ち「悪童」としてであろうか。
 実際、酒やたばこの愛好家で酒乱によるトラブルが多々あり、またたばこによって健康を害し、心臓発作による急死も遠因はそこらにあったのではなかろうか。それに幼い頃より好き嫌いが激しく、自分に合わないと決めた作曲家の楽曲は殆んど練習さえもしなくて、教師の手を焼かせていたらしい。「ベートーヴェンは生理的に嫌で受け付けない」との発言もある。
 5歳でピアノを始め、早くから俊英ぶりを発揮した。マグリット・ロンの指導も受けたが、度を超えた「悪童」ぶりにさすがのロンも手を上げたことがあったらしい。一筋縄ではいかぬ生徒だったようだ。
 しかしこと芸術家に関しては、こういう傲岸不遜も許されていいのではないか、と言うよりある意味その強烈な個性なくして芸術家としてやっていけるのか、とも考えられる。
 私はショパンもドビュッシーもラヴェルもさほど好きな作曲家ではなく、そんなに耳を傾けることもない。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトといったドイツ系の作曲家を聴くことが圧倒的に多い。しかしながらそんな私でもたまにショパンを聴きたくなった時、たいてい手にするCDはフランソワ盤なのである。ドビュッシーやラヴェルに関しても然り。
 思うに、私はショパンの感傷的なところがどうにも鼻につく体質のようだけれども、フランソワの演奏は純粋に音を楽しませてくれるので抵抗なく聴ける。それに楽曲の流れ方が他のピアニストとは違うのも面白い。それがショパンの正しい聴き方かどうかは知ったことではない。好みの問題である。そういう演奏であるからドビュッシーやラヴェルについては言うまでもない。
 ついでながら、私が認める(などと言うのは傲慢だが)ドビュッシーの演奏家がもう一人いる。ワルター・ギーゼキングである。彼の音色も無色透明に近く、それでいて聴いていると自分の内奥で様々な情感が湧いてくるのである。従ってギーゼキングの演奏ではモーツァルトでもベートーヴェンでもシューベルトでも殆んど悦に入られる。私にとって屈指のピアニストである。
 さて、いつだったかNHK-FMを聴いていると、なんとフランソワのベートーヴェンが放送されたのである。「熱情」ソナタ。そういえばそんな録音があることは聞いたような気もしたが、まさか実際に耳にできるとは思わなかった。・・・これが「熱情」ソナタ? という演奏だったが、そんなことは聴く前から予想していたことだし、それはそれでフランソワらしい演奏であった。フランソワ足る所であろう。それにしても一体どういう経緯からこれを録音することになったのだろう? ともかく本当に聴けてよかった。貴重な体験であった。
 46歳という若さでの夭折と、音楽家よりも画家に多く見られるようなその無碍自在な生き方に、私は敬意を込めて「悪童」の一生に拍手したい気持である。


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