【連載】

日陰の名曲

鈴木 康央

 

 

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第7回

シベリウス:ピアノのための3つのソナチネ  

 

 シベリウスの音楽は、我々日本人が頭に浮かべる“北欧”をそのまま音にしたような楽曲であるように思える。即ち、ピーンと張りつめた空気、氷河のクレバスの底から湧いてくるような音響、白夜を連想する果てしない時空・・・こういったイメージがシベリウスの全ての音楽に含まれている、と私は感じる。
 今回紹介する「3つのソナチネ op67」も紛れもなくシベリウスの、シベリウスならではの作品であると言えよう。抽象的、観念的な言い方だけれども、「南」に住む人々には創造しえない楽想であり、また演奏するにも困難な楽曲であろうと思われる。
 時には北の森(雪と氷の森)のおとぎ話を満天の星空の下で聴いているような、時にはペチカの暖をとりながら(それは即ち屋外の凍てつく空気と闇を背後に意識していることを意味する)うつらうつらする脳が見る夢のような、時には「完全」だとか「絶対」だとかいう枕詞を冠した「孤独」を抱く音楽である。それは感傷とは対極的なもの、「北の理念」であろう。
 「北の理念」というのは、私が敬愛する音楽家の一人であるカナダの天才ピアニスト、グレン・グールドが自作のTV用フィルムのテーマとした言葉であるが、これについて語れば相当の紙面を必要とするし、またこの場で取り上げるべきものでもない。
 さて、このグールドによるシベリウスの演奏こそが、他いくつかある演奏の中でも正に群を抜いている。その音色も演奏スタイルもこれほど相性のいいものはない。あたかも作曲家であるシベリウスが、未来に出現する演奏家グールドのために作曲したかのように・・・と言えば言い過ぎだろうか。そのCDにグールド自身が解説したノートがついているので、ここに抜粋して紹介しておこう。
 「シベリウスはキィボードの性格にさからうことがけっしてなかった。バルチック海以南の作曲家には書けそうもない、やせて、荒涼として、動機的に簡素きわまる対位法が用いられている」
「シベリウスのピアノ曲では、あらゆるものがよく働いており、あらゆる音符が鳴っている・・・しかも何か他のもっと豪華な音楽体験の代用品としてではなく、曲自体のために」
「この3曲のソナチネはすべて1912年に書かれた。シベリウスが交響曲において最もラジカルな実験にとりかかっていた時期に当たっている。これらの特別な作品に用いられた基準からすれば、ソナチネは著しく月並みな構成であるが、いささか別な見方をとると、その構築の類似性が想像上の調関係を強調するのに役立っているといえよう」
 演奏家は再創造芸術家であるべきと考えているグールドらしい見識である。彼の演奏スタイルに関しては、幾多の書物の中で真偽が渾然として人々を蠱惑しているのは周知のこと。ここではもう触れまい。芸術家に対して不謹慎となりかねない。ただ純粋にグールドの、その氷の粒で紡がれたような奏法が、シベリウスの音楽をこの上なく、ほぼ完璧に味得させてくれるのは事実である。
 ちなみに、シベリウスという人は卓越したテクニックを持ったヴァイオリニストだったそうだが、人前で弾くとあがってしまう性質だったらしい。あのスキンヘッドのブルドッグのような肖像からはちょっと想像できないのだけれども・・・そういう人だったらしい。


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