【連載】

超短奇譚

鈴木 康央

 

〈毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉

 

 

 

『甦った三島由紀夫』

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第31回

第31話   「入眠幻覚」  

 

 精神医学事典によると「入眠時には覚醒水準が低下していくにつれて、覚醒時の思考の秩序が次第に失われ、思考は半自動的になり、思考、知覚、表象などは関連を失って・・・(中略)・・・観念は映像化しやすく、健康者にも入眠幻覚が生じることがある」とある。
 
 その明け方、屋外と室内の温度差から生じた「誘い風」に煽られて、私のからだはスーッと宙に浮かびあがり、そのまま横滑りに進んでいった。このまま行くと・・・予想通り仏壇の前まで来ると、お決まりのギシーッという音がして観音開きが開き、私のからだは頭から中へ入っていった。なんだか胴体切断のマジックショーでも始まるかのような心許ない気分。
 中にはタイムトンネルのようにずっと深く(この辺が覚醒と夢との境目あたりで、変だと思いながらも入っていく)、からだはどんどん奥へと進んでいく。このまま行けば泉下に沈んでしまうのではないかと思ったけれども、苦痛もなく他界できるのもラッキーではないかという気がしないでもない。
 無辺に広がりを感じる闇の中で、やがてほんのりと提灯の灯りほどの光が見えてきた。まずは三途の川かな。とすると次には婆さんか鬼が登場するのかと思いきや、出てきたのはつるつるくりくりのぷよぷよした玉子型の生物らしきものだった。・・・咄嗟に私はそれが獏だと気づいた。ただ玉子型というのが意外だった。すると私の心を読み取ったのか(獏はそれが得意のようだ)語りかけてきた。
「物の起源はすべて卵の形をしとるんじゃよ。何でも生成するものの元の形は卵型。植物の種だって、動物の卵は言うまでもなく、人間の精子だってそうじゃろ」
ここで私は精子にはひょろっとした尻尾が付いていたように思ったが、敢えて反論しなかった。
 獏は続ける。
「夢も同じ。夢が膨らむ前の形は玉子型。従って儂も玉子型」
と言って爺くさい笑い方をしたが、私はここで大きな疑問を感じたので訊いてみた。
「獏というのは夢の元型ではなくて、夢を食べるんじゃないの」
すると獏は少しムッとした様子を示したけれども、穏やかに返答した。
「それは人間が勝手に考えたこと。だって儂が夢を食べちゃえば、目が覚めても夢というもの自体が残らんのだから、その夢を食べる獏なる存在も想像しようもなくなるではないか。・・・叶えられないことが夢に現れ、夢で見たことを実現しようと夢見る。つまり夢がなければ夢は存在しない。端的に言えばこの世はすべて夢じゃということよ」
 
 私は今もってよくわからない。ただ近頃、獏のお説教の真意とはほど遠いと思うけれども、何となく、夢は見ている時が一番。同様に欲しいものは願っている時が一番、手に入れてしまえば心が空ろになるだけのような気もする。そいう夢状態が人間にとって一番の幸福なのではないか。
 またこうも思う。現実での判断と夢の中での判断とどちらが正しいのだろう。意識して考えたことと無意識で感じたこと、どちらが正解なんだろう。夢の印象で人を判断したりすれば、笑われたり叱られたりするかもしれない。しかし現実の判断だってうまく騙されているのかもしれないではないか。物品やお金が絡んだりしたら余計に怪しくなるのでは?
 
 現実に戻って目が覚めた。どんよりと曇った朝だった。枕元に香炉灰が落ちていた。


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