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ブッシュ弦楽四重奏団は、アドルフ・ブッシュを第1ヴァイオリンとして1919年に結成された四重奏団である。途中他のメンバーが入れ替わりしながら1940年まで活動していた。
ベートーヴェンやブラームスといったドイツ音楽の解釈とその演奏で一時代を風靡した。時代的に古い録音しか残っておらず、聞き苦しいところも幾分あるが、その演奏スタイルも現代のものとは大いに異なっている。美しさ、透明さを追求する現代の奏法とは違って、精神至上主義というか、作曲家の魂を第一に追求したような演奏である。従ってベートーヴェンもブラームスも重厚、深刻そのものである。特にベートーヴェンの後期の作品、なかんずく第15番などその最たる演奏だと思う。美しさや曲の完成度から言えば、アルバン・ベルク四重奏団などの演奏の方に軍配が挙がるだろう。しかしながら聴き終わった後、ベートーヴェンを堪能したと心底感じられるのはブッシュ四重奏団に勝るものはないのではなかろうか。
ここでアドルフ・ブッシュについて紹介しておこう。1891年ドイツ生まれ。3歳から父からヴァイオリンの手ほどきを受け、1902年ケルン音楽院入学。ヴァイオリンと作曲法を学ぶ。1912年ウィーン楽友協会管弦楽団のコンサートマスターに就任、フルトヴェングラーやワルターの指揮の下で演奏する。
ブッシュ弦楽四重奏団の他、弟のチェリスト、ヘルマン・ブッシュと、娘婿でもあるピアニスト、ルドルフ・ゼルキンとピアノトリオも結成している。またゼルキンとはソナタでも数多く共演している。1935年にはイギリスでブッシュ室内管弦楽団を組織、この楽団は後にマールボロ音楽祭管弦楽団へと発展した。ちなみに兄のフリッツ・ブッシュは指揮者として活躍していた。
当時は丁度ナチスの政権時代と重なっていた。ナチスにとってブッシュは特別な存在であった。というのはヴァイオリニストの多く(殆んどと言ってもよい)はユダヤ系である。従ってユダヤ人を排斥していたナチスにとってブッシュは、シゲティとともに数少ない非ユダヤ系のヴァイオリニストだったのである。ところがブッシュはナチスに反対していたので結局アメリカへ渡ってしまった。このためブッシュ四重奏団も必然的に解散ということになったわけである。
そういう政治的な問題とは関係なく、ブッシュの演奏曲目はドイツ系の作品が中心であり、演奏もヨアヒムを継承するドイツ風のものであった。しかしこれはあくまで私見だが、正直なところテクニック的にはさほど卓越しているとは思えない。むしろ雑なところがあるくらいだ。音色も(録音技術のせいもあろうが)美しいとは言い難い。にもかかわらず聴いた後感銘するのはどう説明すればいいのだろうか。ただ単に精神面の充実と片付けられないものがあるのであろう。
そういうわけだから渡米後、アメリカではあまり高い評価は得られなかったようである。概して当時のアメリカの聴衆は、テクニックや音色の美しさを称賛する傾向にあったからであろう。それにブッシュ自身の年齢的な問題もあったことも否めまい。
私としてもそんなに高く評価しているわけではない。ソリストとしてのブッシュを聴いて、例えばバッハの無伴奏ソナタやパルティータを聴いても、ベートーヴェンのソナタを聴いても感動するまでには至らない。やはり彼が一番本領発揮できたのは、ブッシュ四重奏団としての演奏であったのだと思う。先述したように、特にベートーヴェンの弦楽四重奏曲は屈指の名演であると言っても異論はないだろう。
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