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生きた哲学を楽しむ私の方法

『ロゴスドン 第78号』特集・続編

宮本 明浩(ロゴスドン編集長)

 

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ロゴスドン第78号

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『ロゴスドン 第78号』特集・続編その65

シーボルト賞、エグネール賞、和辻哲郎文化賞、毎日出版文化賞等々を受賞された京都大学名誉教授で河合文化教育研究所所長の精神病理学者・木村敏先生にインタビュー!

 

 『ロゴスドン 第70号』の発行は、2007年(平成19年)6月1日でした。この号の特集を「精神」にしたのは、前号の特集インタビューにおける薗田稔先生の「〜コトという言葉は、精神病理学者で、ある意味では哲学者でもある木村敏さんという方が比較文化論の中で言っていることなのですが〜」というお話を受けて、木村敏先生にぜひご登場頂きたいと思ったからです。木村先生は当時、すでに京都大学を定年退官されていましたので、京都のホテルでインタビューをさせて頂きました。


 まず最初に、「自分の超越は、自分の自己性である」という小見出しを付けたお話を頂きました。その後は、「自分と他人が、同じ生命につながっている」「医者と患者は、生命的連帯感のようなところで通じ合う」「本当の意味の時間は、空間性を持っていない」という小見出しを付けたお話が続き、それを受けて、「共時的な連帯性と、通時的な連帯性」という小見出しを付けた次のようなインタビューが展開しました。



(宮本)ベルグソンを例に出されましたが、時間に関連した他の哲学者の参考になる思索はございますか。

(木村)やっぱり私にとっては、生命というのが一番大きな問題で、今日の最初のご質問の「精神とは何か」ということにもつながってくるのですけれど、この間、プラトンを読んでいたら、「プシュケー」という言葉が出てきました。ギリシャ語で心のことですね。「サイコロジー(psychology)」、英語読みにすると、「サイケ(psyche)」になるのかな。精神医学では「サイカイアトリー(psychiatry)」と言います。「プシュケー」というのは、その語源になっている言葉です。これは、実は生命のことなのです。プラトンは、人間の個人個人の心を魂とか霊魂などと訳します。しかも、プラトンという人は、輪廻転生というのか、人間はいっぺん死にますと、それからいつの日にかまた、別の姿で生まれ変わるというわけです。だから、私なら私の前世というか、前に生きていたときの世界があるわけでしょう。
 まあ、そんな輪廻転生説というのは、そのままの形では信じませんけれど、しかしプラトンも、ある種、先程言った生命的な連帯を考えていた。しかも、今現在の集団心理的な横の広がりの連帯だけではなくて、時間的なというか、過去の生命との連帯を考えていたわけです。同じ一つ一つの生命が、あるときには、この人になって、あるときには、また別の人になって、この世に現れるという考えですから、どこかでつながっているのですよ。共時的な連帯性と、通時的な連帯性と言ってもいい。しかも、プラトンの場合、私らが今、現在、知識として知っていることというのは、実は前の前世で十分経験してきたことが、一つの記憶として今よみがえっているだけだ、などということを考えますよね。プラトンの非常に有名な想起説というか、アナムネーシスですよね。
 それは、現代風の生物学的なというか、現代風な言い方で言うと、本能ということでしょう。私らは、本能的に何かをする。もちろん、これは人間に限らない。動物でも植物でも、生物はすべて本能を持っていますから。その本能というのは個体が獲得するものではなくて、そういう生命的な連続性の中で伝えられてくるものですからね。だから、プラトンのアナムネーシスというのは、本能のことだというふうに考えれば非常によく分かるのです。そういう形でも、通時的な連帯性というものがあるだろうと思います。

(宮本)先程、ハイデッガーのお話の中で、「存在論的差異」ということをおっしゃいましたけれど、木村先生は、ある著書の中に「生命論的差異」と書かれています。これらの「差異」に違いはあるのでしょうか。

( 木村)それは、同じことなのですよ。それを生命の場面で言えば、個人、あるいは個別、個体、どう言ってもいいのです。その生命と、それを支えている、個別以前の生命との差異で、それを同じ生命という言葉で呼んでも、それはきちんと見極めておかなければいけないだろうと思うのです。だから、また自己の話になりますけれど、自己というのは、自分が「ある」という言葉で言う部分と、「いる」という言葉で言う部分がちょっと違うという話をしましたでしょう。「いる」という言葉で言われる部分というのは、その生命一般というのか、生命の連帯性みたいなものに深く根差した部分をそう言うのですね。その部分と、「ある」と言ってもいいような個別化された、あるいはリアリティーとしてのというふうに言ってもいいのですけれどね。「もの」的な自己、それからアクチュアリティーとしての「こと」的な自己というものは、いわゆる差異がある。というのは、やっぱり生命論的差異でしょうね。

(宮本)デリダという哲学者が、「差延」ということを言っていますが、木村先生のおっしゃっている「生命論的差異」と関連しているように思えるわけですけれども。

( 木村)私も、そう思いますよ。デリダは、まあ、「差延」という言葉を使った。ちょっとデリダについての説明はできませんが、フランス語の「リフェレ」という動詞が、「遅れる」という意味のたぐいで、「異なっている」、「違う」という意味でも使っている。普通、「差異」というふうに訳されている「リフェランス」という言葉を、ちょっと綴りを一文字入れ替えてやれば「遅れ」というふうにもなります。それを両方の意味を引っ掛けて「差延」と日本語で訳しているのでしょうね。
 その「遅れ」というのは、つまり個人というのは常に遅れてきますから、その生命あるいは、生命的連帯からするとね。しかし、「遅れ」でもあるのだけれども、どっちがどっちに遅れているかというのは、これは難しい。ハイデッガーなんかは、現存在は常に自己自身に先立っていると言います。自己自身に先立っているというのは、どういうことをハイデッガーは言いたいかというと、自己というのは決して完全に既に成立し尽くしてはいないのです。常に、成立しよう、成立しようとして、すべては未来なのです。ハイデッガーの場合の重心はすべて未来にあるのです。それで、自己への到り、自己に到来するという形で自己自身になるのです。
 私は、これも正しいと思うのです。しかし、そうなると個別的自己というのは未来にある。デリダ的に言うと、個別的自己というのは、痕跡ですから。日本の禅の公案に、父母未生以前の自己、つまり自分の両親がまだ生まれていなかったころの自分を発見しろというのがある。これは、ちょっとデリダのほうに近いのでしょうかね。未生ですから、まだ生まれていない。自分の父母が、まだ生まれていないころというのは大過去ですよ。そこの自己を発見しなければいけないというのは、今の自己は大過去的な自己だということでしょう。まあ、どちらかと言うと、それの痕跡としての自己だとすると、デリダ的なのでしょうかね。
 しかし、ハイデッガー的に言うと、そういう自己は自分自身より先にあるのです。未来にあるのです。私は、両方正しいと思います。どちらを言ってもいい。だから過去か未来かなんていうことは、その際、「もの」的に考えれば反対になるのですけれど、「こと」として考えれば、むしろ私のように上下で考えてもいいのです。一番根底には、個別化以前の生命差、それ自身、それが垂直にそれ自身を個別化して、個人的な自己が今、ここで生きられているということです。ですから、上下で考えてもいいのです。上下で考えても、前後というか過去に考えても未来に考えてもいいのです。いずれにしても、一重の「もの」でないということだけでいいのです。

(宮本)そうなりますと、「差延」ということから、「人間が超越的能力を発揮するのは、人との関わりを通したときだけだ」ということを言うのは、やや飛躍しすぎかもしれませんね。

( 木村)どうでしょう。しかし、それはまた、それはそれで言おうと思えば言えるのかもしれません。ハイデッガーの場合、超越というのは「もの」と「こと」、存在者と存在それ自身との差異のことを「超越」というわけですからね。あるいは人間が、その差異を見定めること。だから、他人との関わりという、その「関わり」は個人以前の集団的な連帯性というのかな。そういうところでの関わりのことと考えれば、「もの」的な個人の自己というものとの差異、生命論的差異も超越ですからね。
 差延というものを、その場面で置き換えるというか、考えることもできますし、私もデリダの差延をそんなふうに理解しておりますけれども。やっぱり、自分と他人という二つのリアルな「もの」を考えた上で、その関係ということでいうのは、どうかなとも思いますけれど。

(宮本)では、例えば、ひきこもりとか、他人と関わることを避けて生きるというのは非常にもったいないと言いますか、超越的な能力を発揮する機会をなくしているということもできますね。

( 木村)それは、もちろん、そう言えると思いますが、またそれを言うためには、それなりの言葉が必要でしょうけれどね。




 その後は、「自己というのは、先取り的に生きている」という小見出しをつけた非常に興味深いお話が展開していきました。


 この特集インタビューの全文は、『学問の英知に学ぶ 第五巻』(ロゴスドン編集部編/ヌース出版発行)の「六十二章 関係性の精神哲学」に収載してありますので、ぜひ全文を通してお読み頂き、自己という在り方の謎を関係性を基軸に考えて頂ければと思います。


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