
〈毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉
「統一→分裂→区別→帰還→統一→……」という無限の運動こそ〈生命の実相〉である。「自己と他者の区別を生みだし、また自己と他者を同化しようとする」この無限の運動、これは熊楠と粘菌(あるいは羽山兄弟)の間のみならず、生命体すべてに通ずる事柄なのである。
では、例えばこのように「区別」された二つのものに対し、我々はどのようにアプローチするべきであろうか。我々は、それらを別個バラバラに研究するべきであろうか。――熊楠は、そのような研究方法に強く異を唱えていた。
熊楠は、「心界と物界は分けて考えることはできない。それらが交わる(その作用を熊楠は「心物両界連関作用」と呼んでいる)処が『事』であり、我々が最も考えなければならない事柄である」と主張した。このような考え方を、熊楠は特に「事の学」と呼び、それは常に彼の研究を根底から支えるものとしてあった。
「心界」と「物界」、これを自己(自分)と他者(他人)と考えれば、両者が交わる「事」とは、まさに「人間関係」と言えるであろう。言い換えるならば、自己と他者が「適当な距離」を採りつつ交わっている両者の関係、あるいはその関係を持てる「場」である。「場」があってこそ両者は成り立つ。このような「事」の重要性(「自己―他者関係」・「在り方」に対する見方)を熊楠は考えていたに違いない。
熊楠が「事の学」を構想したのは1893年である。今から約120年も前になる。彼は、分析的・客観的・量的・物質重視・理性重視・普遍性重視……など、いわゆる近代合理主義が世界を最も席巻していた時代に、近代科学(特に「心」と「物」を分断する研究方法)の限界を既に感じ取っていたのである。しかし熊楠は、いわゆるホーリスティック(holistic)な、あるいはニューエイジサイエンス(New Age Sciences)的な「融合」を目指そうとはしはなかった。
熊楠は、近代物理学による「成果」は素晴らしいものだと素直に認めている。しかし「それはただ『現象』を整理し、順序良く並べて説明したに過ぎない」とも述べている。また、熊楠はロンドンから帰国後、オカルティズムに非常に関心を示したが、決して「神秘主義」を推奨しようとはしなかった。熊楠の「ペルソナ」は、常に論理的・科学的思考なものであり、彼の「アニマ」は、常に曖昧で非論理的なものであった。そして両者を含めて「南方熊楠」という人物は存在しえた。
熊楠は、「事」を考えることで、「心」と「物」を深く知ることができ、またそれらの共通点や違いは見えてくると考えた。我々のように「精神」(心)と「肉体」(物)を分断し、各々から考えることで「人間の在り方」(事)を知ろうというものではない。「事の学」――今の言葉で言い換えれば「人間学」もしくは「人間関係学」になるだろうか。あるいは、これまで筆者が主張してきたように「『自己―他者』を通して『生命』の全体(生命そのもの)を捉える学」=「生命倫理学」だとするならば、「生命倫理学」も「事の学」に通ずると言えるであろう。
先端科学医療技術などによって、我々は「人間」の「肉体」の最深部・最細部まで知ることができるようになった。しかし、それは「人間」あるいは自分以外の「他者」を真に理解したということにはならない。神経心理学においては、人間の行動や精神機能を、脳の神経学的構造と関係づける。言い換えれば、脳を分析すれば「精神」も分かる、というものだ。詰まるところ、人間の「精神」もDNAによって作られたものであり、その構造が分かれば、いずれその機能も分かる、とする考え方である。このようなアプローチ方法はいわば「人間機械論」に根ざしており、これでは真に「人間(生命)」を理解したことにはならない。
また、極端に「他者(死者、霊的なものも含む)」とのつながりを持とうとする「精神世界(spiritual world)」のみを美化すべきでもない。人間は「他者」とつながり、一つに溶け合いたいという欲求だけではなく、その「他者」を搾取してでも生きようとする、ドロドロとした「生への欲望」とでも言うべきものをその内に潜めている(粘菌の原形体がバクテリアを捕食するのと同じように)。それを直視しない限り「人間全体」を捉えることは、決してできないのである。
116-0012 東京都荒川区東尾久2-45-6-7F (TEL)03-5901-5880
Copyright(c)Nu-su Publishing Inc. All Rights Reserved.