
〈偶数月第3月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉
M 前回、音を聞いてその演奏家を言い当てることができるか、というようなことを話しましたが、音楽を聴いてその作曲家を当てるというのは、ある程度聴いている人間にとってはさほど難しいことではないでしょう。
B 私の場合はそれが仕事ですから殆んどの曲を一度は耳にしてますので・・・。でもむしろアマチュアの方が凄い人がいて、百曲以上あるハイドンの交響曲の一部を聴いただけで第何番か当てたりします。そんなこと私にはとてもできません。まあそういうマニアックな人は別としても、作曲家には皆独自のスタイル、雰囲気がありますから。
M モーツァルトがヴィヴァルディのことを「一生変奏曲を書き続けた人」と悪口言ってたとか(笑)。確かに私でもヴィヴァルディぽさというのはわかります。それにベートーヴェンもわかりやすい。彼の曲はしつこい。終わりそうでなかなか終わらない。
B そうですね。「苦悩を通って歓喜に至る」彼の音楽は紆余曲折しながらも最後は人生肯定で終わっています。
M シューベルトも独特の世界ですね。聴いているとこの世にあらず、別乾坤に連れて行かれるようで無気味な気もします。
B 特にピアノソナタなんか聴いていると時間感覚がなくなってしまいそうでしょう。
M マーラー、あれはやはり精神を病んだ人の音楽だと思いますね、変ですよ。ショパンはどれを聴いてもショパンでわかりやすい。しかし美しいとは思うけど、個人的にはあまり好きではない。「革命のエチュード」など痩腕を腕まくりして意気込んでいるようで、ガラス細工の闘志みたいに感じる。
B (笑)そういう評は初めて聞きました。でも面白い。あと「混沌たる」ワグナーも完璧な自分の世界を持ってますね。
M 然り。私には一番馴染みやすい。
B ・・・文学ではどうですか。作者を伏せて読んで、誰が書いたかわかりますか。
M いや、音楽よりもずっと難しいと思います。言うまでもなくどの作家にも個性があります。しかし文体というのは、その作品の内容によって変化するものですから。ただどんなものを書いても文体が殆んど変わらない作家もいます。例えば泉鏡花や鴎外、それに志賀直哉もその中に入れていいでしょう。つまり彼らにはスタイルがあったということです。一方変化するタイプとしては漱石や谷崎潤一郎。・・・とにかく批評や論文でしたらその言っている内容から誰なのかだいたい察しがつきますが、文体からだけではなかなかわからんでしょう。
B ちなみに三島さんはどちらのタイプ?
M 私も意識的に使い分けてました。週刊誌に連載していたのなんかはかなり軽い調子で書いてました。
B それでもやはり三島さんの匂いがプンプンしてましたよ。(笑)ところでいきなりですが、最後の大作「豊饒の海」、正直言わせてもらってどうも終わり方が慌てたというか、しっくりこないんです。お得意の逆説的な意図はわかるんですが・・・。確か完成日が自決されたその日でしたよね。やはりそのせいでしょうか。
M もし読者にそういう感じを与えるのなら、それは私の落度です。たとえ後にどんな大事を控えていようとも、今やっている仕事に全神経集中できていないのは不謹慎ですから。しかし今思えば、あの作品を構想していた時の自分と執筆していた時の自分が自己一致していなかったのも事実かもしれません。
B それにしてももう少し長生きされていたらと思わざるを得ません。
M 私は「・・・たら」という仮定の話は嫌いですので。(笑)
(つづく)
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