【連載】

漫画哲学

村田 唯

 

〈2、5、8、11月の第2月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉

 

『人生を考える漫画百選』

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(第63回まで哲学雑誌『ロゴスドン』に連載)

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第112回

『珈琲いかがでしょう』

 
 青山一(あおやまはじめ)が、ソフトな微笑みと優しい口調で勧めるコーヒーは、人々の胃袋と心を癒やし、ホッとさせてくれる。だが彼には別の顔があった。かつてヤクザの一員として、依頼された人間を次々処理していたのだ。そんなある日、ホームレスのたこじいさんに入れてもらったコーヒーを飲み、衝撃を受ける。今まで飲んでいたまずいコーヒーとは全然違うコクと味わい……。頼み込んで焙煎の仕方を教わる。そんな矢先、じいさんは突然死んでしまった。おいしいコーヒーを多くの人に飲んでもらうことと、じいさんのお骨を奥さんと同じ墓に入れるため、青山はワゴンカーで移動珈琲屋を始めた。
 そこへ昔世話をしていたヤクザの坊ちゃんが現れる。青山は、自分では意識していないが、人の心を掴んでしまう魅力の持ち主だった。「おいしいコーヒーを入れてみたい」などという理由で組を抜けられたのも、先代組長が彼の人柄に魅了されていたからで、坊ちゃんは先代(父親)が自分より青山の方を可愛がっていたことも実感していた。嫉妬しながらも惹かれていて、だから青山の失踪が許せず、また独占したかったのだ。
 コーヒーを味わう時、日常とは少し違う世界にトリップできる気がする。古くは医薬品だったというし、疲れを癒やし、本来の自分に戻してくれる妙薬なのかもしれない。また、淹れ方次第で熱くも苦くも甘くもなる。半面中毒性もある。癒し効果と危険性。甘味と苦み。静寂と起動力。多面的な要素が万人に嗜好される所以なのだろう。無意識の包容力と無感情の暴力性を兼ね備えている青山が入れたコーヒーに夢中になる客が多かったのも頷ける。単に豆や淹れ方がうまかっただけではない。たこじいさんへの想い、人生の泥沼。そこから抜け出した爽快感。感謝や愛情も焙煎されていたのだ。客の方もそれぞれの人生経験があるからこそ旨さを味わえたのだろう。コーヒーは、生き返らせてくれる。一休みをくれる。自分と対話させてくれる。人と話す時の潤滑油になってくれる。おいしいコーヒーを楽しめる生活をして行けたらいい。


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