
〈毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉
一般に、人々の間の距離が近いと親しさを感じ、それが遠いとあまり親しくないと考えられています。母親が赤ちゃんをだっこしたり、大人同士がハグをしたりするときは親しさを感じ、遠くに離れていると、遠距離恋愛の難しさがよく言われますように、互いの関係も薄れていくように思われます。
また、好きや嫌いの感情も人と人との間の距離に比例するとされており、好きな人とはいつも一緒に居たいと思うし、仲が悪い人とはできるだけ離れていようといたします。人と付き合うのが苦手な人間は一人でいることを好み、ときには、引きこもったりいたします。
人々相互の空間距離は親密性や疎遠性を表すものとされ、しかも、多くの場合、それは距離に比例すると考えられています。
しかしまた、接近しすぎると不快感や嫌悪感が生じるようになります。それは自分の空間に他人が進入するというスペース侵害がなされることによります。近づきすぎて互いを傷つけ合ってしまう「ヤマアラシのジレンマ」(A・ショーペンハウエル)に陥るからでもあります。
このように、人と人との空間距離は、直接目で見ることができないけれども、人々の気持ちや感情を表現するコミュニケーション・メディアとなっています。そして、空間距離は全くのランダムはなく,ある程度パターン化され、一定の秩序が存在しております。
都市の路上での歩行者の行動には互いにぶつからないように一定の距離をとるという暗黙のルールが存在しています。また、電車や地下鉄,また公園のベンチや河原において人々が座る場所は、他の人とできるだけ離れるよう最大距離化がなされ、不必要な接触をできるだけ避けるという最小距離化が行われています。
都市人の相互作用は、互いに見知らぬ人間同士の「ストレンジャー・インターラクション」ですが、そこにおいては「不関与の規範」が存在しています。不関与とは他の人とかかわり合うことを避けることです。そこでは空間距離の調整がなされ、そのことによって人々は快・不快を感じたり。安心や不安感を持つようになります。
つまり、空間距離には快適距離があるということです。快適距離とは他人が近づかれると不快に感じる空間です。アメリカの文化人類学者のエドワード・T・ホールによりますと、ごく親しい人に許される空間である「密接距離」(intimate distance)は15~45cmであるということです。
けれども、それは国や文化による違いもあり、また、都市や農村という地域による違いも存在しています。さらには、男性と女性、若者と年配者というような性別や年齢、積極的、消極的のような性格や意志・意欲によって、広くなったり,狭くなったりすることがありましょう。
そしてまた、「遠くの親戚よりも近くの他人」といわれるように、近い方が親密となるとされる一方、「隣は何をする人ぞ」のように、近くても疎遠ということもあります。また、ネット上において、匿名だが親密な他者である「インティメート・ストレンジャー」のように、離れていても親密な関係にあることもあります。
親密さや疎遠さは空間距離に必ずしも比例いたしません。すなわち、人々の快適距離は単なる物理的な空間距離を指すのではなく、社会的、心理的に意味づけられたものといえます。「スープ(あるいは味噌汁)の冷めない距離」もまた、そのようなものとして考えられるべきことになるでしょう。
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