【連載】

経営情報学ノート

浜中 敏幸
(多摩大学大学院経営情報学研究科)

 

〈毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉

 

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第7回

労働の商品化が問題の始まり

 

労働者の使い捨て

 ノーベル経済学賞を受けたマサチューセッツ工科大学のポール・クルーグマン教授は、その著『グローバル経済を動かす愚かな人々』(早川書房、1999年)の中で、資本主義の非人間性の最たるものが、労働を商品として扱ったことである、と書いている。
 ジョージ・ワシントン大学のローレンツ・E・ミッチェル教授は、その著『なぜ企業不祥事は起こるのか』(麗澤大学出版会、2005年)の中で、企業は株価を何ドルか上げるために、労働者を使い捨ての物同然に扱い、レイオフを行っている、と書いている。
 経済評論家の内橋克人氏は、城山三郎氏との共著『「人間復興」の経済を目指して』(朝日新聞社、2002年)の中で、マネー資本主義が世界を席巻するなかで、「あなたはもう不要ですよ」という「人間排除の経済」が世界を覆うようになった、と書いている。

安易なリストラが横行

 昨今、業績が低迷して大規模なリストラ(人員削減)を行う日本の企業が増えている。リストラをしなければ生き残れないことはわかるが、安易な方法に頼りすぎているようにも見える。
 多摩大学大学院の織畑基一教授は、企業にとって経営の革新は最大の課題であるが、その常套手段はリストラとなっており、その先が続かない。リストラは緊急の手段として仕方のない側面もあるが、未来戦略を実行するためのリストラでなければ効果は少ないという。
 だいたいリストラが行われるほど、社員の気持ちは萎え、士気は低下する。生産性は低下し、優秀な人材は流出する。「元気のない社員」が充満しているのが、日本企業の現実ではないだろうか。織畑教授はこのように指摘する(詳しくは、織畑基一・織畑涼子『欧州モデルの経営革新』プレジデント社、2004年刊を参照)。

労働の商品化が問題の始まり

 同じく多摩大学大学院の中谷巖教授は、カール・ポランニーの『大転換』を援用して資本主義社会における人心の荒廃は「労働の商品化」が問題の始まりだとして、次のように指摘する(詳しくは、中谷巖『資本主義はなぜ自壊したのか』集英社インターナショナル、2008年刊を参照)。
 「資本主義の下においては、人間もただの商品として取引される存在にすぎなくなった。マーケット原理の中では、人間の尊厳などはしょせん『外部性』にすぎない。資本主義は社会を破壊し、人間から自尊心を奪う悪魔的な力を持っている」
 「我々の得ている賃金とは自分の人生を切り売りして得たものにすぎない。だが、はたして時間は再生産できるだろうか?―もちろん、そんなことはできない。人間は1回きりの時間、1回きりの人生を過ごしているのである。そのような1回限りの瞬間を商品として売り買いするというのは、実に非人間的なことであり、倫理にもとることではないか」
 中谷教授によると、市場で商品が取引されるためには、その商品に価格がついて売れたときに、それと同じものを再生産できることが暗黙の前提になっている。売り切れたときに同じものが2度と作れないというのであれば、それは商品になりえない。すると、たった1回の取引しか行われない商品では、少なくとも相場の形成はありえない。これがポランニーの商品の定義である、と中谷教授はいう。
 人間の労働が単なる商品であったり、人を首切りすることが手軽なコスト削減の手段であったりする社会は健全ではない。ヒト、モノ、カネという経営の3つの資源の中でヒトが最も上位にあるべきではないのか。人間の尊厳性の復興が必要であろう。


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