【連載】

経営情報学ノート

浜中 敏幸
(多摩大学大学院経営情報学研究科)

 

〈毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉

 

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第13回

デジタル社会の功罪

 

 デジタル機器が浸透

 現代はデジタル社会である。デジタル方式の機器はすべてのデータをスイッチのオンとオフにあたる「0」と「1」の数列に変換して記録や通信を行う。アナログ方式に比べ情報の劣化が少なく、誰でも容易に情報の記録や編集、発信ができるようになった。このデジタル機器が現代社会に広く浸透している。
 デジタル機器の代表はコンピュータ(電子計算機)である。コンピュータはもともと、計算の道具であったが、インターネットにつながり、電子メールなどのメディア(媒体)として家庭にも普及した。一方、携帯電話の普及に伴い、ケータイメールも普及した。このため、いつでも、どこでも、時と場所を選ばずに文字通信ができるようになった。

 モラルの普及が追いつかない

 電子メールは当初、個人間の通信に使われていたが、今では企業や組織などの正式な文書のやりとりにも使われるようになった。それに伴い、メールでのコミュニケーションで問題が起こり始めた。が、急速に発展したデジタル社会では、ネットやメールの使い方、作法、モラルの普及が追いついていない。勢い、問題発生の温床にもなりやすい。実際に、メールやインターネットでのやりとりから、誤解、名誉毀損、児童売買春、殺人事件などが発生している。

 依存のし過ぎは危険

 若者のコミュニケーション能力に関していえば、現代の若者は携帯電話やケータイメールに親しんできたため、社会人として企業の固定電話やパソコンメールを使う時に、形式を混同して失礼な行動をとることがある。私自身は、ある有名企業の課長職の方から絵文字の入ったビジネスメールをもらうなど、何回か戸惑った経験がある。
 デジタルメディアは記録性、正確性、迅速性などの点で、郵便や電話など旧来のメディアよりも格段に優れている。言い換えれば、効率のいいコミュニケーションが可能になるわけだが、その利便性に依存しすぎたり、場面による使い分けができないと問題が発生することになる。

 対面コミュニケーションが主体

 デジタルメディアと人間の関わりに詳しい久保田裕氏は、その著『情報モラル宣言』(ダイヤモンド社、2006年)の中で、ある外資系IT企業の事例を取り上げている。その会社では以前、社内連絡はほとんどメールで済ませていたため、フロア内がシーンとしていて社員同士のコミュニケーションが希薄になった。ビジネス上のやりとりもトラブルが続出するようになった。このため、同じ部署内でのメールのやりとりを一切禁止した。メールの利便性よりも対面によるコミュニケーション効果のほうが高いと判断したからである。
 久保田氏は前出の著書の中で「メールを使えば地球の裏側にいる人とでもコミュニケーションがはかれ」るが、「隣に座っている人とのコミュニケーションにまでメールを使う必要があるのか」と問いかけ、「携帯やインターネットがコミュニケーションツールとしての役割を果たすのは、その土台に『対面によるコミュニケーション』があればこそ」と指摘、対面によるコミュニケーションの重要性を説いている。
 しかし、この対面によるコミュニケーションが軽んじられ、デジタルメディアの利便性ばかりを追うようになると、コミュニケーションのバランスが崩れ、問題が起こるようになるのである。


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