
〈偶数月第3月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉
味は5つ
おいしいものを食べたいというのは人類の究極の欲求である、というのは本当だろうか。そもそも私たちは、味をどう感じているのだろうか。現在では、味は5通りのものがあると考えられている。甘味、塩味、酸味、苦味、うま味である。ご存知かどうか知らないが、甘味とうま味は舌にある受容体で感知されるが、その一部が共通であることが分かっている。両方ともに2つのタンパク質の複合体で感知されるが、2つのうちの1つが共通なのである。受容体に味物質が結合すると、Caイオンが細胞外から流れ込んできて、その刺激が味として感知される。酸味と塩味は水素イオン及びナトリウムイオンを通すチャネルによって感知されている。苦味は、全く別の受容体T2Rが感知する。ヒトゲノム解析の結果、ヒトには良く似たT2R群が25個あることがわかった。これらは発見順に、T2R1、T2R8などとと呼ばれるようになった。
苦味物質
苦い物質の代表例としてキニーネがある。マラリアの薬なのだが、良薬口に苦しの典型である。また、人工苦味物質フェニルチオカルバミド(PTC)の話も有名である。PTCは発見当時、奇妙な物質として知られていた。ある人が舐めても苦くないのに、別の人が舐めるとひどく苦いのである。この苦味物質にはN-C=Sという構造があり、これが苦味のもとになっている。またこれはアブラナ科の植物が持つ苦味と同じである。アブラナ科というのはブロッコリー、カリフラワー、キャベツなどであり、カラシナが原種である。ブロッコリーが苦手な人が多いことも周知の事実である。これは、アブラナ科野菜のもつ苦味のせいではないか、というのである。
苦味受容体
ここからは歴史の話になるが、今から70年ほど前にある研究者が、PTCを口に入れると、苦く感じる人と全く苦味を感じない人がいることに気づいた。この研究から、世界中の4人に3人がPTCを苦く感じるが、4人に1人は何も感じないということが明らかになり、この形質がメンデルの発見したエンドウの丸としわのように、きれいに遺伝することがわかったのである。そこでこれらの人の遺伝子を調べると、違いがはっきりわかった。T2R38という苦味受容体の遺伝子からできるタンパク質は333個のアミノ酸から成り立っている。フェニルチオカルバミドに対する感受性の違いは、333個のうちたった3箇所のアミノ酸の違いで生じることがわかったのである。
これからわかったことは、ブロッコリーの苦手な子とそうでない子は、遺伝子を調べるだけでわかるということである。苦いものが好きな人とそうでない人がいることは経験的にわかっていたが、こうまではっきりと遺伝子が味の感受性を規定していることは、この研究で初めて明らかになったのである。もし、これらの人たちが集まっている場所が分かれば、地域指定の商品(食品)が作れるかもしれないのである。
進化的疑問
最後の疑問は、なぜPTC (またはブロッコリー)を苦いと感じる個体と感じない個体が地球上に共存するように進化してきたのだろうか、という点である。どちらかが有利ならば、遺伝子が片方に固定されてもいいはずである。それともいくつもの血液型のように、毒にも薬にもならないために、ランダムに遺伝子が変化して多様性(多型)を獲得し、それが子孫に伝わったのか、それとも毒であることが多い苦味物質を好んで取り入れるようになった個体は、そのことが食生活上何か有利な点があった(例えば、がんにかからないようになった?)ために生き延びたのか。これは大きな疑問だが、解答はまだ得られていない。
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