【連載】

科学の知識であなたが変わる

石浦 章一
(生命科学者・東京大学大学院総合文化研究科教授)

 

〈偶数月第3月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉

 

ロゴスドン第71号

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第3回

ぼけは遺伝する

 

 「ぼけ」は差別用語になっているらしく、認知症という言葉を聞くようになった。言葉は変わっても意味するところは同じである。これは遺伝するのだろうか。
 「ぼける」ということの本体は、脳の神経細胞がなくなることである。神経がなくなるのだから、考えることもできなくなるのは当然である。そのために、変な行動をとることもある。その原因もいくつもあるが、大きく分けて脳卒中の後遺症とアルツハイマー病が大きな位置を占めている。人間には人それぞれの育ちがあり、誰一人として同じ運命をたどってきた人はいない。しかし遺伝というのは、このようなもろもろの生活環境の違いがあるにもかかわらず、一定の症状が現れるものをいう。実は、遺伝するものがあることがわかってきた。もちろん特別な場合である。

環境は遺伝する?
 遺伝かどうかは家系を調べることで判定することができるのだが、塩辛いものが好きとか、野菜をあまり食べない習慣など、環境要因が親子で同じということもよく認められる。いわば、環境が遺伝しているようなものである。認知症で神経細胞がなぜ死ぬかというと、主な原因はメタボリック症候群と呼ばれている高血圧、高脂血症、糖尿病などの生活習慣病の合併と肥満であり、タバコも無視できないリスクとなっている。しかし、親がタバコを吸っていれば当然子供もそれに習うこともあるだろうし、食事も同様で、その家特有の献立(例えば、脂っこい食事)が数十年も続けば、遺伝子による影響より環境要因のほうが強くなる。このように考えると、人間の形質が遺伝するかどうかの判定は、実はなかなか難しいのである。

アポE
 アルツハイマー病の病態とコレステロ-ルの代謝の間には、重要な因果関係があることが示唆されている。ここで言っておきたいことがある。コレステロールは、食事からだけ摂取するものが問題になっているわけではなく、生体内でも作られることを知っていてほしい。コレステロールが多いといって卵を拒否する人がいるが、あれは間違い。コレステロールから作られる重要な物質(特に、エストロゲンやテストステロンなどの性ホルモンや、副腎のステロイドホルモン)がなくなると大変である。
 疫学調査によると、高コレステロ-ル血症患者にはアルツハイマー病が多いということが報告されている。コレステロ-ルを運ぶ血液中のリポタンパク質の一つアポリポタンパク質Eのうちの特殊な遺伝子型E4は、アルツハイマー病の主要な危険因子の1つと言われている。全世界でE4を持つ人は持たない人に比べて3-10倍アルツハイマー病になりやすい。アルツハイマー病の危険因子の中には、高コレステロ-ル血症とは関係のないものもみられるが、E4をもつ患者は高コレステロ-ル血症だけでなく、循環器疾患を併発している人も多い。逆に、循環器疾患の患者にはアルツハイマー病が多いことも疫学研究からも示されている。そこで、二次的に血液中のコレステロールを下げる薬がアルツハイマー予防薬になるのである。また、コレステロールを代謝する酵素が体内にあって(CYP46)、その働きが遺伝的に弱い人がアルツハイマーになりやすいという実験結果も出てきた。すなわち、CYP46の活性が低い人はコレステロールを代謝できない。それが血管壁に蓄積し、動脈硬化を引き起こして、結果的にぼける可能性が高いことのである。
 遺伝的素因というのはこのようなことを言うのである。素因の遺伝子を持っていても、コレステロール摂取が少なければ発病することはないが、摂取が多くなると代謝できずに蓄積し、長い間かかって認知症になるのである。なんでも遺伝子で決まるのではないが、このアポE遺伝子は、アルツハイマー病の最大の遺伝的リスクと言われているのだ。

スタチン
 2000年に、米国の6万人の心血管疾患入院患者を追跡調査したところ、コレステロールを合成する途中の3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル(HMG) CoA還元酵素の阻害薬であるスタチン系薬剤を服用すると、アルツハイマー病の発症率は他の心血管疾患治療薬を服用していた患者に比べ60-73%も有意に低い結果となることが判明した。スタチン系薬剤により血中コレステロールを下げるとアルツハイマー病を予防できる可能性が示されたのである。
 これが二次的効果であろうとなかろうと、効くものは効く。とすれば私たち凡人のやることは決まっている。1.食事に気をつけること、2.メタボにならないこと、3.タバコをやめること。厚生労働省の標語は良いところをついている。「1に運動、2に食事、しっかり禁煙、最後にくすり」。


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