【連載】

新・コミュニケーション入門

船津 衛
(社会学者)

 

〈毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉

 

『現代のコミュニケーション』

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第60回(最終回)

高度情報社会のコミュニケーションの課題  

 

 現在、「集合知(collective intelligence)」の登場が注目されています。「集合知」とは、情報学者の西垣通によりますと、「人々のいわゆる『衆知』、とくにインターネットを利用して見ず知らずの他人同士が知恵をだしあって構築する知」(西垣通『集合知とは何か』中公新書,2013,20頁)を意味しています。「集合知」はネットを通じて生み出される一般人・非専門家の知のことであり、それは情報を単に受信するだけではなく、自ら積極的に発信する「ウエブ2.0世代」の登場によって広まってきたといわれています。
 「集合知」はまさに発信の時代にふさわしい知ということができます。このような「集合知」の果たす役割は現在きわめて大きなものとなっています。それはこれまでの科学知・専門知を批判し、その誤りを正し、ときにはその不正を暴くことができるとされているからです。
 しかしまた、「集合知」が常に正しく、全面的に信頼の置けるものというわけではありません。その中にはまちがいも多く含まれており、ときに、プライバシーの侵害、個人情報の暴露や誹謗中傷の発生などの深刻な事態を引き起こすことも少なくありません。
 また、インターネットにおいては匿名を用いることができることから、利用者が無責任となり、感情的に相手を激しく攻撃する「フレーミング(framing)」(炎上)を引き起こしたりします。さらには、「サイバー・カスケード(cyber cascade)」、つまり、「驚くほど素早く特定の思念または行動へと飛びつく」(C・サスティーン,石川幸憲訳『インターネットは民主主義の敵か』毎日新聞社,2003,94頁)現象によって、人々の考えや動きが集団的に極端な方向に「カスケード」(滝)のように押し流されてしまうことも生じます。 
 そしてまた、LINEにおいて、相手からの返事をもらえない「既読無視」のつらさを経験したり、フェイスブックで、「いいね」という他の人の同意を得ることに腐心したりするようになります。そこにおいて、人々は他者の存在を常に意識しなければならなくなり、他者の反応に過度に敏感となり、さらには、他者によって操作されやすくなっています。
 アメリカのフェイスブックが、2012年1月に、「ニュースフィールド」に表示される友人の投稿を意図的に選別し、その影響について調べる心理実験を行ったところ、前向きな投稿を減らすと,利用者自身も否定的な投稿が多くなり,否定的な内容を減らすと,前向きな投稿をする利用者が増えたということです(朝日新聞2014年7月3日朝刊)。高度情報社会においては、このことが実際に起こるおそれがあります。
 このような事態を回避するためには、人々において「内省(reflexivity)」、すなわち、他者の期待や態度を通じて客観的に自己を振り返る行為を活発化させる必要があります。つまり、情報をすぐさま発信するのではなく、ワン・テンポ遅らせ、その間に自己を振り返り、自分との内的コミュニケーションを行うべきことになります。内的コミュニケーションの展開によって、自分や他者の情報を表示し、それを自分の置かれた状況や行為の方向に照らして解釈し、内容の修正・変更・再構成を行い、そこにおいて、新たなものを創発できるようになります。「内省」は個人レベルだけではなく、集団レベルでもなされ、専門家による場合もあれば、非専門家による場合もあります。科学者も一般人も「内省」を行い、相互交流を通じて新たな知を生み出していくことが必要となります。このような「内省」による新しい知の創発が高度情報社会のコミュニケーションのこれからの課題となると思われます。


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