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KUCO/PIXTA(ピクスタ)
〈毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉
前回の流れから、もう少し慈悲というものにこだわってみたい。
仏教が説く慈悲とは、衆生を憐れみ慈しむ心のことである。慈悲は、あらゆる存在に向けられるべきものである。その対象は人間だけではなく、あらゆる動物や虫など生きとしけるものすべてを包み込むものでなければならない。そうした慈悲の精神の根本は初期仏教の段階にさかのぼるといわれ、その後も『法華経』などの経典を通じて伝えられてきた。
人間だれしも、自分に優しくしてくれる相手に好感を抱くものである。それが偏執的な愛ではなく、仏教的な慈悲を身に体現した相手であればなおのことであろう。慈悲が人間以外の生き物にも向けられるものであるならば、動物たちも慈悲の体現者には自ずと心を寄せることになるであろう。地を行く動物も、空を飛ぶ鳥も、慈悲の教えを説いたゴータマ・ブッダ(釈尊)の説法に歓喜したという話が初期仏教の段階から見受けられることは、そのことを印象的に物語っている(中村元編著『仏教動物散策』東書選書、1988年)。
ブッダは亡くなった後、究極の悟りの境地=涅槃に達したとされる。涅槃の様子は、仏教が伝播した中央アジア・西域・中国・日本など各地で石造物や絵画として造形されてきた。横たわるブッダを取り囲むように、多くの仏弟子や彼を慕う人々・菩薩や天部衆たちが悲しみに暮れている。目を凝らして見ると、さまざまな動物たちもその死を悼んで訪れていることに気付かされる。獅子・象・牛・馬・猿・猪・孔雀・鶏・鼠・蛙・蝶・蜂・百足など、見ているだけで楽しい。日本で描かれた涅槃図の場合、とくに鎌倉以降描かれる動物の数が増加する傾向があるという。涅槃の情景も、ブッダの徳の高さはもとより慈悲の深さに惹き付けられた存在がいかに多かったかを象徴している。それは動物たちも例外ではなかった。
慈悲の体現者に引き寄せられた動物の話といえば、江戸時代の禅僧・良寛(1798-1872)を思い起こさずにはいられない。子どもたちと遊び戯れた良寛像は広く人口に膾炙しているが、自然や動物たちにも深い慈悲心を注いでいた。ある日、良寛は自身の着物の中を這う虱たちを丁寧に取り出して紙の上に乗せ、縁側で日向ぼっこをさせた。夕方になると紙に載せた虱を包み、懐に戻したという。
犬や猫を可愛がる人なら珍しくないが、害虫にまで優しさを示した良寛にとってみれば人間も犬も猫も虱も、命の尊さは同一であった。こうした心根は、動物たちにも伝わったようである。ある時は、どこからともなく現れた犬が良寛についてまわり、すぐに友達になった。またある時は、托鉢のため持っていた鉢に雀たちが舞い降りて米を食べた挙句、笠や肩にとどまったという。良寛の慈悲に満ちた振る舞いが、自然と動物たちを引き寄せたのではないだろうか。
時代を遡って10世紀末の比叡山延暦寺。永観3年(985)正月、延暦寺中興の祖・良源(第18代天台座主)が没した。これ以降、寺内の派閥争いが絶えずしばしば混乱が生じた。良源没後の天台座主は尋禅・余慶を経て、正暦年(990)に伊豆出身の陽生が第21代天台座主に任じられた。天台宗のトップに登りつめた陽生であるが、その道程は平坦ではなかった。若い頃から延暦寺で修行した陽生は、生来病弱であった。病気で気力も衰えていた陽生の運命を変えたのは、ひとりの行者との出会いであった。
行者曰く「そなたは身体に無理をかけてはならない。常に柔らかい飯を食べ、汁を飲み、心を穏やかに保ちなさい。時々は諸所の霊場に参詣し、祈願しなさい。世間の名声や利益は諦め、後生のことを気にかけていれば自然と寿命も延びて病がなくなり、気力がみなぎるでしょう。自ずと天台座主の道も拓けてきます」。
陽生はこの教えを守りつつ、修行と『法華経』の読誦に努めた。その後、行者の予言通り天台座主に任じられた陽生であるが、程なくして辞し精進修行の生活に入っている。
人との交わりはさほど得意ではなかった陽生だが、動物たちとの触れ合いは好んだ。雀や鶯が慣れ親しみ、手に乗せたエサをついばんだ。猪や鹿も恐れる様子なく陽生のもとに現れ、足の裏をねぶったという(11世紀半ばに書かれた仏教説話集『法華験記』より)。
ここでも鳥や動物たちの方から、陽生との交流を望んでいた様子が見て取れる。史料には陽生が慈悲深い人物だったことを示す描写はないものの、『法華経』が慈悲の精神を説く経典として尊重されてきたことを踏まえれば、日夜これに親しむ中で慈悲の精神を体得し、動物たちもこれに反応したのではあるまいか。
とりわけ目を引くのは、猪や鹿が陽生の足の裏をねぶるという描写である。お互い心を許しあっている様子が浮かんでくるが、もう一歩ふみこんでねぶる行為自体について考えてみたい。14世紀初頭に描かれた『春日権現験記絵』の中で、橘氏女という女房に春日大明神が憑く場面がある。女房の姿を借り、この世の物とは思えない香りを振り撒いて顕現した神を見た者たちは歓喜し、次々とその足の裏をねぶったという(足の裏の味は甘かったようだ)。口内炎を患っていた者はたちまち治ったというから、神の身体(足裏)には不思議な力が備わっているのだろう。
この奇妙な話を分析した黒田日出男氏は、「「異香」と「ねぶる」」という甘美なタイトルの論文で「中世の人々は、聖なる存在を嗅覚的・味覚的・触覚的に感じとったとみることは十分に可能であろう」と結論付けている(『増補 姿としぐさの中世史』平凡社ライブラリー)。陽生の足の裏をなめた動物たちも、精進を続けた高僧を見て神仏に近いオーラを感じ、思わずねぶってしまったのではあるまいか。
足の裏といえば先に触れた涅槃図のうち、とくに鎌倉時代以降に描かれた作品の多くにブッダの足に固執する老婆が描かれたという指摘がある(『大涅槃図展』九州国立博物館、2015年)。作品によっては足裏を凝視する描写もあれば、足裏に触れた描写もある。恐らくこれも、足裏の聖性を示しているのであろう。
いささか脱線したが、深い慈悲心を得た者に動物たちが―ときに足裏をねぶりたくなるほどに―引き寄せられた話を紹介してきた。本物の慈悲は、あらゆる存在の心を揺り動かす可能性を秘めているのである(『サンガジャパンプラス』2、サンガ新社、2023年)。
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