【連載】

地域学

五島 高資
(医師、医学博士、俳人、地域学者)

 

〈毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉

 

 

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第33回

 


(3) 新型コロナウイルス感染症による「地域」への影響

 ① ウイズ・コロナと「地域」
 2021年7月中旬から、再び、新型コロナウイルス感染症の拡大が始まった。今回の流行は、そのほとんどが、デルタ株という、感染性の高い変異株によるものとなった。感染が拡大するなか、東京2020オリンピック競技大会が、同年7月23日から8月8日までの17日間、日本の東京都で開催された。もちろん、このオリンピックの開催については、感染拡大の観点から、賛否両論が噴出した。しかし、政府や国際オリンピック委員会(IOC)は、可能な限りの感染対策を講じて大会を強行することとなった。参加各国からの日本入国時の水際対策やバブル方式と呼ばれる、来日選手の隔離措置や無観客での競技開催などによって、感染の影響は幸いにも最小限に止められ、変則的ながら何とか閉会式を迎えることができた。それに続いて開催された東京2020パラリンピックも大過なく遂行された。新型コロナウイルス感染者数は、同年8月20日の全国感染者数25,868人をピークに減少に転じ、その後は、順調に漸減し、同年9月21日現在、全国感染者数1,767人にまで減少し、国内の感染による死者数も同年9月上旬をピークに減少傾向となった。
 この新型コロナウイルス感染症・第5波が何とか収束傾向となった要因としては、急速なワクチン接種の遂行と緊急事態宣言などによる国民の行動自粛が相俟ったことが考えられる。しかし、今回は人流があまり変化しないにもかかわらず、感染が減少したのは、やはり、ワクチンの効果や治療法の進歩によるところが大きいと考えられる。もっとも、ワクチン接種が進んでいる他国では、いわゆるブレイクスルー感染というワクチン抵抗性の感染が見られ、感染者数が拡大しているところもある。日本においては、マスク着用の励行やソーシャル・ディスタンスの確保など個人レベルでの衛生行動も感染の予防に寄与していることが推測される。
 緊急事態宣言などの拘束力の弱い対策にもかかわらず、自主的な衛生行動に努める日本人の特殊性は、まさに国民性のなせる業と言うほかはないだろう。もちろん、時短営業や恒例行事の中止など、人間疎外による地域社会の変容は深刻である。経済的な困窮による中小企業の衰退はもちろん、自粛生活による国民の行動制限によって、現在、「地域」の在り方が大きく変化した。一例を挙げるなら、今やマスクを付けて外出するのは当然のことのようになっている。以前なら考えられないことである。しかし、そのことによって、却って「地域」の大切さが実感されたのではないだろうか。そういう意味では、今回の新型コロナウイルス感染症は国民生活をもう一度見直すきっかけとなったと言えるだろう。

 ② 地域医療の危機
 日本では、諸外国に比して、人口あたりの病床数は圧倒的に多いと言われるが、急性期病床とリハビリテーション病床についてはあまり差がない。つまり、慢性期病床、精神科病棟、長期ケア病床などが大きな割合を占めており、比較して急性期病床が少ない。このことが、新型コロナウイルス感染症という感染性の急性疾患にいわゆる「医療崩壊」の大きな要因であると考えられる。結核療養が激減して久しく、また、感染症に対する備えが手薄になっていたことも大きいと考えられる。
 今回の新型コロナウイルス感染症の拡大は、世界中に及んだパンデミックとなったが、当初は、ある特定の地域での感染流行(アウトブレイク)そして、それを越えたエピデミックの段階があったはずである。早期に感染症の流行を察知して、予防や治療などの対策を担当する特別な組織が編成されることを期待したい。このことは、国家の安全にかかわる重大事であり、政府と専門家とのアップトゥーデートな情報交流と国家的な迅速な対策が求められる。その際、あくまでも「地域」を単位としたフレキシブルな対応が必要になってくる。そのためにも、国や政府と地方自治体の間にスムーズな連携が必要であり、「地域」の実情に合わせた施策が求められる。地域によってワクチン配給のばらつきが見られたり、ワクチンの適正な管理が周知徹底されていなかったがために使用できなかった製品の廃棄問題など、喫緊に改善すべき事案が多く見られた。
 いずれにしても、同年9月中旬には、日本のワクチン接種率(2回接種)が50%を越え、それ以降、第5波の新規感染者数は減少している。併せて、抗体カクテル療法などの治療の進歩も相俟って、ようやく、非常事態宣言やまん延防止等重点措置の解除が視野に入ってきた。しかし、これから冬場にかけて、新たな変異株による感染症拡大も予想される。

 ③ 国民生活の変貌
 新型コロナウイルス感染症についての概略は上述したとおりであるが、具体的な国民生活への影響を考えてみたい。
 マスク着用、手洗い・うがいの励行、ソーシャルディスタンスの確保、不要不急の外出制限、飲食店などの時短営業、テレワークなど、これまでの生活とは一変した社会となってしまった。そして、この状況が2年に及ばんとしている現在、新型コロナウイルス感染症は完全にこれまでの地域社会の在り方を変えてしまった。
 以前であれば、風邪症状くらいなら気軽に医療機関を受診できたのに、新型コロナウイルス感染症との鑑別が難しいため、ウイルス検査ができる医療機関を受診しなくてはならなくなった。また、そうした医療機関の大半が大規模な病院であり、そこに新型コロナウイルス感染者が集まることを危惧して、通常診療の患者が受診控えをするようになり、あるいは、新型コロナウイルス感染症の治療に人手を取られて、通常の診療が制限されたりした。やがて、この受診控えは、中小の医療機関にも波及することになった。これによって、急性疾患はもとより慢性疾患や癌などの治療にも支障を来すこととなった。
 会社では、人流の抑制を図り、ソーシャル・ディスタンス確保のため、テレワークへ移行したり、当然、恒例行事も中止か縮小されることになった。
 学校では、学級閉鎖やオンライン授業などが導入され、人と人とが触れ合う交流の機会がなくなり、本来の教育とはかけ離れたものとなってしまった。
 当初は、新型コロナウイルス感染症患者が特定されると、近隣の住民から忌避されたりもした。家族内感染では、親類との関係性にも大きな影響を与えたのみならず、一人世帯にあっては、自宅療養などにおける孤独による不安、さらには孤独死という悲惨な状況も発生した。保健所などによる公的なケアにも限界があり、まさに地域的なサポートが大切なケースとも言えよう。
 また、軒並み「密」となる地域の恒例行事や音楽コンサートなども中止に追い込まれた。飲食店などでは、時短営業や酒類の提供中止の要請などで、経済的に破綻を来した例も多く見られた。
 以上のみならず、「ウイズ・コロナ」による私たちの行動変容は、まさに「地域」から国全体を衰退させかねない状況を呈した。健全な「地域」なくしては健全な国家はありえないのである。
 つまり、新型コロナウイルス感染症が社会にもたらした害悪は、病気による健康被害はもちろん、地域においては人と人との触れ合いや絆を断ち切ることであった。しかし、これまで当然と考えてきた「地域」が、目に見えないものによって、ここまで変貌させられたことに驚くと共に、いわゆる巣ごもり生活のなかで、自分とは何か、「地域」とは何か、社会とは何かという根源的な問題に直面させられたのではないだろうか。そこから、まず、私たちはもう一度「地域」とは何かということを考え直す契機を与えられたとも言えよう。
 もっとも、感染症のパンデミックに即応できる医療政策や地域医療の再構築がまず喫緊の課題なのは当然であるが、これについては、地域医療学の範疇になるので、ここでは割愛したい。


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