【連載】

地域学

五島 高資
(医師、医学博士、俳人、地域学者)

 

〈毎月第1月曜日更新(祝日の場合は翌営業日更新)〉

 

 

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第21回

20. 「地域学」各論

 

(5) 室の八島と製鉄

 平安時代中期に編纂された『延喜式』によると、当時の関東諸国における鉄価格(鉄10斤の直稲)は、伝統的な鉄産地であった近江・播磨や中国地方の諸国、および調庸の鉄が集まる畿内に比べてやや高い傾向にある。しかし、下野だけは畿内などと同等の価格であり、( 8)鍬の価格は畿内より安い傾向にあった。このことは、10世紀には関東での製鉄が盛んになり、特に下野が製鉄の中心地となっていたことをうかがわせる。承平天慶の乱に平将門が鉄製の武器を調達できたことにも関係しているかもしれない。

 

8 禄物価法による鉄価格 鉄10斤の直稲(単位束)

 

 関東において考古学的に確認された古代製鉄遺跡の多くは上野(群馬県)に見られ、下野(栃木県)には乏しく、わずかに小山市の金山遺跡と大境遺跡に製鉄遺構が知られているのみである。両遺跡ともに9世紀の操業と考えられているが、今回、人麻呂信仰という観点から、栃木県において人麻呂を祀る社寺等の分布の中心にあたる室の八島における古代製鉄の可能性について調査・考察を加えることにした。

 室の八島(大神神社)の主祭神は大己貴神であり、やはり鉱山神である。当地は古来、歌枕の地であり、「けむり」を詠み習わすこととなっている。摂社である浅間神社については、松尾芭蕉の『奥の細道』にも「此神は木の花さくや姫の神と申て富士一躰也。無戸室に入て焼給ふちかひのみ中に、火々出見のみこと生れ給ひしより室の八島と申。又煙を読習し侍もこの謂也」と記されている。細矢藤策は、タイのクメール族が高床式の産室の床下で七日間火を焚くことから、この皇子誕生譚が南方文化の産育習俗にルーツを持つ可能性を指摘している。さらに「無戸室」が竪型炉(ブルーム炉)をも意味しているのではないかと推測している。鍛造鍛冶においては炉の内部を還元状態に保つために外気との接触を防ぐ必要がある。そのために粘土によるドームで覆われ、その形態が「戸の無い室」つまり「無戸室」と考えると、たしかに皇子誕生譚と鍛造鍛冶の整合性が見えてくる。

 室の八島には、明らかな人麻呂信仰は確認されないが、他の人麻呂を祀る神社と同様に環濠に囲まれ、渡良瀬川水系の思川との交通が認められる。また、室の八島がある栃木市惣社町は、下野国府跡にも近く、鋳物師内、金井など鍛冶に関係すると考えられる地名が今も残っている。

 ところで、現在、室の八島のある大神神社の宮司は、栃木市平井町にある太平山神社の小林一成宮司が兼任している。太平山神社の祭神は、瓊瓊杵命、天照皇大御神、豊受姫大神であるが、『諸神座記』を始め多くの古文書によれば、垂仁天皇の御宇に大物主神、天目一大神、が三輪山(現在の太 平山)に鎮座されたときに創建されたと伝えられている。小林宮司の話では、天目一箇神の古代祭祀として鍛造した鉄剣を地中に埋める儀式が60年に一回行われ、実際に前回60年前に埋められたと思われる錆びた鉄剣を見たことがあるということだった。この太平山神社の麓には、人丸神社や室の八島などがあり、やはり、古代製鉄と関係があった可能性が示唆された。

 これらのことから室の八島やその周辺は、古代下野における製鉄の中心地だった可能性があり、今後さらなる精査が望まれる。

 

 

4. まとめ

 

(1) 今回の調査で、東日本における人麻呂信仰に関連する社寺等の各都県別に、多い順から、栃木県に19箇所、群馬県に11箇所、東京都に11箇所が確認され、北関東、特に両毛地区に集中していることが判明した。

 

(2) 関東における人麻呂信仰に関連する主な社寺等は、利根川水系(利根川、烏川、碓氷川、鏑川など)や渡良瀬川水系(渡良瀬川、巴波川、思川、旗川、秋山川など)の河畔に多く分布し、また、鬼怒川水系や那珂川水系の河畔、および太平洋沿岸にも散在していることが分かった。

 

(3) 関東における人麻呂信仰が海路および河川(利根川水系、渡良瀬川水系、鬼怒川水系など)を経て伝播されたことが推測された。

 

(4) これまで人麻呂信仰と関連付けされていなかった群馬県邑楽郡板倉町の雷電神社が水人としての人麻呂信仰と深く関係していることが推定された。

 

(5) 関東における人麻呂信仰が航海技術や製鉄技術を持つ集団と関連し、その起源が中国南部からの渡来系文化にある可能性が推測された。

 

(6) 関東における古代製鉄は湖沼鉄を原料とした可能性が大きいことが推測された。

 

(7) 関東における鍛冶神としての人麻呂信仰と関連する古代製鉄の中心地として栃木県栃木市の「室の八島」とその周辺が推測され、今後さらなる精査が必要と考えられた。

 

(8) 板倉雷電神社が人麻呂信仰と深い関係にあることが推定されたことから、同社が人麻呂ゆかりの地として広く認知されることで地域文化の活性に資する可能性が考えられた。

 

 


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