哲学カフェ

 

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第100回

顕教とは何か
 

(五十音順に配列させて頂きました/編集部)


 


密教が顕教より上位なのは何故か

 島袋櫂(愛知県)


 顕教より、密教の方が上位なのは、それは何故か。私はこう考える。真の哲学とは、市井の人に宿るものだと思う。特権的知的階級の哲学はお遊びだ。真剣ではない。
 では、市井の人とは何だろう。食べるために働き、働くために食べ、子供たちを思案し、時々、小さな冒険をし、友人がいて、地域の人がいる者たちを指す。
 その人は、理性を資本主義のために使いながら、余った人間性を、人間関係のために用いる。
 その人に哲学書を書く必要はない。そして、真の哲学者は、「森の生活」の作者のソローのように無名で終わり、自分独り、自分の天才性を信じて死に去り往くものだと想う。
 哲学は、身体に転化され、特に言葉で伝える必要はない。ましてや本を書く必要はない。大袈裟に言えば、哲学者は立っているだけで哲学者なのだ。哲学書を書くのは酷く苦痛で、あまり楽しい作業ではない。哲学者は、哲学書を書かなくても哲学者なのである。逆に言えば、哲学者は哲学を書いていないときに哲学をする。
 ある文章を綴るとき、必ずその一箇所について意識が集中してしまうので、同時に感性することはできず、また概念は直角的で、線的な感性を捉えられない。身体にはそれができる。
 私は、昔の生活について、地域の老人二人に聞き書きをした。そのうち一人は、シベリア抑留者で、リアカーをひいて焼け野原で野菜を売り、小さな八百屋を築き、そして、息子たちがこの町で唯一のスーパーマーケットにした。もう一人は、幼少期の太平洋戦争期を餓死の恐怖のなかで生き、そして、昔の遊び、昔の貧しい暮らし、戦争について、そして、ごく近所の地域の昔話に出てくる伝説上の人物を私家版の本にして調べる探索をした話を話してくださった。
 この昔話の人物とは、妙好人と呼ばれた人で、妙高人とは 学問や教養がなく、身分が低い人が多く、心が清らかで、周囲に安心を与えるところがある、篤信な、蓮の花のような人を指す。浄土真宗の篤信な人を「妙好人伝」として収集した。
私は、彼が、その妙好人そっくりなのに気がついた。きっと、戦争中の幼少期を優しいお母さんに大事にされながら、それでいて、わんぱくで抜けていた彼が、この妙に味のある一人の老人に成ったのである。そして、そこには、一人の妙好人の思想の影響が見える。
 思想はごくありふれた無名の人に宿る。
 聞き書きはなぜ、人を惹きつけ、「戦争は女の顔をしていない」のロシア生まれのノーベル文学賞アレクシエーヴィッチの登場から注目され始めたか。
 それは、男性的な書き言葉という構築された言葉の言葉遊び、思想遊びから、生きた人の生きた言葉の哲学、女性の言葉の再発見ではなかったのか。書き言葉の観念性は、市井の哲学者の話し言葉にとって代わられるだろう。
 人は恥ずかしがり屋で、尋ねなければ、哲学を語りたがらない。家族より第三者の聴き手の方が話しやすいのかもしれぬ。
 私はそういった無名の人にこそ哲学があり、それを発見したいと思う。
 話さないことは話すことより難しい。何かを沈黙するから、言葉が出現する。ためらう言葉は美しい。言葉にとって最も難しいことは、自分のことだけ話すことである。国家より、個人について話すことである。他者に干渉せず、私を主語にして話さなければならない。子供は大人の友人である。何もしてはいけない、何もしないことは、何かをするより難しい。躊躇いながら行われる行動は優しい。ためらいながら、相手を肯定し、受容し、赦すことが言葉の希望だ。
 最後に余談だが、哲学者は立っているだけで哲学者なのであり、「ローカリズム原論」の内山節の地元での講演会に大学四年生の夏休みに出た私は、内山節が、講演会にサンダルで登場したのに驚き、安堵した。話は面白かった。
 本は哲学の残滓なのだろう。本当の哲学は身体の中にあり、哲学者や詩人はそれを何とかなぞろうとするが、哲学の抽象でしかなく、ただ身体の哲学の1%の粗書きに過ぎぬ。


分派する組織の名称

 鈴木康央(奈良県奈良市)


 「顕教とは何か」と問われれば、「密教」と相対する「従来仏教」という答えにまとめられようが、そうすると「密教」及び「従来仏教」をそれぞれ説明しなくてはならなくなる。当然ながら私は仏教(宗教全般にも)については無知に近い。それでも昨今はインターネットを通じておおよそのことは書ける時代であるが、そんなのは知識、いや情報の羅列にすぎず、意味のないことである。そこで私は今回のテーマを、どうして一本の幹から枝分かれが生じるのか、即ちいかにして分派が生まれ、そのことによって元の幹にも新たな名称をつけることになるのか、という風に解釈して考えてみたい。
 そういう例として私がすぐ思いつくのがSPレコード(今の若い人たちはご存じないかもしれないが)である。これが発明された当時の名称はただ「レコード」であった。が、その後技術が進歩してLP(ロングプレイング)レコードが出たために、旧盤をSP(スタンダードプレイング)レコードと命名されることになったわけである。その後レコードはCDが開発され・・・どんどん進化してきたわけだが。
 思うに人間という種族は、常に変化を求める生物なのであろう。それが発展・進歩に繋がるものなのか、あるいは退行・衰退への道のりなのかは知ったことではないようだ。ともかく現状維持ということに堪えられない生物であるらしい。特に宗教や古典芸能の世界、さらには伝統的なスポーツ、それに老舗と言われる格式ある店舗などにおいては、いずれも組織化され、確固たる技なり思念を代々継承していくことを旨としているから、当然ながら変化を求める人の性とは相容れないものとなろう。そこで何代目かに威勢のいいのが出て来て「新~」「~分家」などと称して旗挙げすることになる。そして旧派と互いに「本家~」「元祖~」だとか「裏~」などと呼び合うことになるのである。
 今「威勢のいいのが」と書いたけれども、具体的に言うと権力欲の強い人間、あるいはいわゆる天才と呼ばれる人間であろう。人一倍権力欲の強い人間は、所属する組織の中にしばらくいるとどうしても窮屈な思いをするようになり、ついにはそこから離脱独立していくことになる。また真の天才には属する組織の体制の欠陥があまりにも目につき、居ても立っても居られなくなるのだろう。
 というわけで分派、新派が生じる一般社会の仕組みを考えてみたわけだが、今回のテーマ「顕教」に関しても大雑把に言ってしまえば同じことだと思う。確かに「密教」は「顕教」よりも個人の成長を主眼にしているが、言わずもがな大衆の救済も大きな目標であるし、「顕教」とて個人的な修行も大切な課題の一つである。つまるところ大差はないと思われる。
 中でも空海の出現は、上記の天才の顕著な一例であると思う。彼の卓越した頭脳が考え出す宗教観は、従来の「顕教」ではどうにも収まらないもの、深淵にして広大な思惟であったにちがいない。けれども一般庶民がその違いを理解し得るのか、またどちらの方が親しみやすいのかは言い難い。
 21世紀を四半世紀過ぎた現代でさえ、LPレコードはもちろんSPレコードの愛好家も数多く存在している。


顕教とは可視化された教えであり、若者に引き継ぎたい教えである

 なやな(岐阜県加茂郡)


 顕教とは「言語などでわかりやすく説き示した教え。密教以外の宗派をいう」(『集英社 国語辞典』)である。「顕教」という言葉自体、私は初めて知ったのだが、ネットで調べてみる宗教の世界ではよく使用される言葉らしい。それを前提にして顕教について考えたとき、「顕教=人々に可視化した教え」だと言えるだろう。
 私の親戚にはお寺の方がみえたので、幼い頃からお寺に出入りしていた。当然ながらお経を耳にしたことは始終だし、お経の巻物を目にしたことも当たり前だった。おかげで「般若心境」では今でも空で案じることができるし、お経を聞いているとわかる言葉もいくつかある。大学に進学してからも仏教への関心は高く、寺を巡ったり、仏教のお話を聞いたりすることも多かった。それはお経を耳にしていたことも理由の一つだが、何より可視化されたお経を目にしていたことが大きな理由であると思っている。
 思えば仏教の教えは奥が深く、言葉がわかりにくいので、これを普及させようとすればどうしてもかみ砕いて、わかりやすく教えていくしかない。かつては「伝承」としてお経も耳から耳へ伝わっていたのだろうが、やがて書物して残されるようになると、文字が読める人々によって拡大していくことになった。これは文字として可視化されたおかげで、人々に普及していった結果である、もし伝承のままであれば、途中で消滅してしまった可能性も高い。顕教によって仏教は大きく広がっていったのだろうと推測する。
 可視化することは現代社会でも大事なことである。私も仕事をしながら、可視化することを大切にしている。口で言うだけでなく、メモで残していくことで相手には記憶に残してもらえるし、もし不明な点は聞いてもらえることになる。可視化することは、相手のことを思いやると同時に、自分の言葉を確実に伝える役割も担っている。
 「顕教」をネットで調べると「お釈迦様の教えを経典や言葉で明示的に説いた、より一般的な仏教の形」と書いてあるところもある。つまり、私が体験したように、お経を耳にしたり、巻物で目にしたりしていたことは、まさに「顕教」だったのだとわかる。しかも、「お釈迦様の教え」であることが顕教の条件だとすれば、私はまさにその通りだったと言える。
 現代社会では、仏教をさらにわかりやすく説いた本が手回っている。私も何冊か持っているが、仏教の教えを本当にわかりやすく説いてくれているので助かっている。また、雑誌でもそういう類のものがあり、私も購読して学んでいる。これを始めたのは40歳を過ぎてからだった。
一方で、こうした本を手にするのは主としてお年寄りばかりであるのは残念であると思っている。むしろ若い人たちこそ手にとり、仏教の教えを学んでほしいと思うのだが、それは無理かもしれない。かつての自分がそうだったように、若者は「今」を生きることが楽しいのだし、「死後の世界」を解く仏教徒は無縁なのだろう。むしろ、若者が年を重ねて生きるとは何かを感が始めたとき、顕教である仏教が役立つように大人が準備しておくことが大事なのかもしれない。すなわち、本を出し続けたり、ネットに仏教を解いたりする活動である。
 繰り返そう。「顕教」とは「人々に可視化した教え」である。それは主としてお年寄りに指示されているが、若者にも支持されることが望ましい教えである。私たち大人がまずは仏教の心理を理解し、若者から請われたとき、教えられるようにしておきたいものである。


顕教とは密教の排他概念である

 前川幸士(京都府京都市)


 顕教とは、言語文字で表すことで、その内容を明確に示している仏教の教義であるが、端的にいうと密教以外の仏教は、すべてこの顕教ということになる。日本における密教の祖である空海は、法相宗等の従来からの大乗仏教を顕教の語でひとくくりに呼び、自身の提唱する密教と明確に区別した。
 言葉だけでは語り尽くせない仏教の真理を、大日如来が直接解き明かすのが密教であり、それ以外の言葉で語り尽くすことのできる教義が顕教であると主張した。要するに言葉を超えた教義があることを主張し、顕教に対する密教の優位を示そうとしたのである。経典を読んで悟りを開くという顕教では、当時既に膨大な量に達していた経典を読み解釈するだけでも手間暇がかかり、悟りを開くまでに途方もない時間が必要としなければならないが、密教では現在、生きているままで、生きている間に悟りを開くことができるというのである。
 新興の宗派は、従来の宗派よりも自己の宗派が優位であることを顕示するため、従来の宗派を非難するという、いわゆるネガティブ・キャンペーンを展開するようなものである。顕教という字面だけをみても、あらわにして、わかりやすく説き示した教えということになり、ネガティブな印象を形成するようなニュアンスはなく、むしろ、密教の語の方が、一部の人間にしか知らされない秘密の教義のような印象を受けるが、それは今日的感覚によるものであり、千年前の感覚や常識とは異なる。
 電化製品のコマーシャルでも、従来の製品と、自社が新しく開発した製品を比較し、自社製品の優位を宣伝するのが、常套手段であるが、それと同じことである。こちらの感覚は、千年前から今日まで変わっていないはずである。ただし、現在では客観的根拠を示すことが求められるため、「当社比」とどこかで示す必要がある。最近では、携帯電話会社のサービスなどにも乗り換えキャンペーンがあり、多少驚かされることがある。
 いずれにせよ、真言宗が、自らの宗派の教えを密教、他宗派の教えを顕教と定義し分類することで、密教の思想的優越性・自己優位性を説いたときに、発生した概念が密教であり、そして顕教であり、それらを言い表すための言葉である。
 密教とは、仏の本身たる永遠不滅の法である法身の大日如来が、自らの悟りの世界をそのまま説いた教えであり、言葉などの表面上では知ることのできない秘密の教えである。これに対して、顕教は、衆生の人々の能力や性質に従って、善業の報いとして現れた仏身である報身、衆生に応じて現れた仏身である応身により説かれたもので、迷いを取り除き悟りを開くための教え、あるいは修行してその結果悟りを開くための教えとされているようである。そして、これが最も重要なことであるが、密教では自らの教え以外は、すべてが顕教であるとしている。つまり、いろいろな定義や解釈を展開しているが、顕教とは、密教によってつくられた言葉であり、定義された概念であるということになる。
 そして、「当社比」の如く密教が自身の思想的優位性を誇示するために、旧来のものを一括した、その他の分類ということになる。排他的に一括された教義の集合体であり、密教がエクスクルーシブな概念として特別感を保障された際に、逆に普通のものとして貶められた概念、それが顕教ということになる。従って、密教が存在しなければ、顕教は存在し得ないことになり、その他もろもろのものを寄せ集めた概念であるため、顕教という字面とは逆に一言で言い表すことができない概念なのである。
 密教からみて、密教以外のさまざまな仏教の教えをさす語が顕教であるとしか、定義できないことになる。また、顕教美術なる言葉もあるが、これも密教美術に対して、それ以外の仏教美術を総称した呼称であり、便宜的に用いられた言葉に過ぎない。必ずしも適当な名称ではない。


顕教とは、日本密教の教祖、空海が従来の日本仏教に対し密教の優位性を示すため提唱した造語である

 山下公生(東京都目黒区)


 顕教は、仏教の宗派や基本教理を意味するものではなく、小乗仏教や大乗仏教のように仏教の歴史の流れを通して理解すべきものである。顕教の語源は、空海の著作である「弁顕密二教論」で述べられたものである。その要旨は空海が唐よりもたらした密教が、当時の国内仏教の法相宗、律宗、等の中で最も優れていると表明したものである。その主眼は、従来の宗派の動かざる定説は「果分不可説」であり、毘盧遮那仏の仏の世界そのものは説くことが出来ないとされ、説くことが出来るのは、それに至る菩薩行の修行方法のみであるという定説であったが、空海はその定説を覆し、仏の世界は、法身そのものである大日如来が説法し、その帰依者は、即身成仏に至ると表明し、従来の宗派で否定されていた、「法身説法」を主張することであった。そこで空海は、密教に対し従来の宗派を顕教と分類したのである。顕教の歴史的背景は以上であるが、現在では密教の総本山である高野山の金剛峯寺、及びその系統を密教とし、それ以外の宗派を顕教と分類するのが一般的であり、具体的には一部密教をもつ(台密)天台宗、日蓮宗系、禅宗系、浄土宗系等である。 
 顕教は密教と対極の関係にあり、密教と対比することで、その本質に迫ることになる。仏教の伝統教理の顕教に対し、密教は革新的であるといえる。顕教は仏教の古典的教理である四諦(1.苦諦:人生には苦しみが存在する。2.集諦:苦しみには原因が存在する。3.滅諦:苦しみを終わらせる方法が存在する。4.道諦:苦しみを終わらせるための「八正道」が存在する。)を根本教理として継承している。これは煩悩を菩薩行の修行で制御し涅槃寂静の境地を目指すものである。これに対し密教では、様々な煩悩を法力に昇華した仏たちを統治する法身の大日如来が、胎蔵界曼荼羅(慈悲の世界)と金剛界曼荼羅(智慧の世界)の仏の世界を説法し、仏の世界へ招く。帰依者は様々な様式の祈祷により一如となり、即身成仏に至ることを目指す。顕教が煩悩を制御し止鏡明水の世界へ向かうものならば、密教は煩悩を昇華した、命溢れる百花繚乱の世界である。
 顕教と密教は同じ仏教でありながら、何故、対極といえるほどの教理の違いがあるのだろうか。それは、古代インドで繁栄したバラモン教に対峙するものとして、仏陀により誕生した仏教が、伝承経路の違いにより、伝承地域の文化や思想や宗教を吸収しながら変容したからだと考えられる。インドよりチベットへ向かう北経路のシルクロード経由は、バラモン教を吸収して密教へと展開していった。それ故、バラモン教の根本教理の「梵我一如」と、密教の根本教理の「即身成仏」には、極めて高い相関性が見いだせる。密教は中国の北の辺境地で栄え、その地で空海が密教を修得し日本へもたらした。なお空海が顕教と命名した仏教は、中国の権力中枢の都で栄え、儒教、老荘思想、易経などの中国哲学を吸収し、大乗仏教といわれて、国家権力の中枢に深く根づいた。
 日本の天皇が信仰した仏教は、国家中枢と深い関係にあり、遣唐使で中国仏教の修得の使命を受けた特使僧が最澄であり、帰国後、桓武天皇の信望熱く、比叡山に天台宗の総本山、延暦寺を創設した。これに対し、空海は最澄と同じ遣唐使船に、その他大勢の学僧の一人として乗り込んだ。国家使命を受けた特使僧の最澄が都の仏教を修得したのに対し、無名学僧の空海は北の辺境地で密教を修得したのである。最澄の支援者であった桓武天皇の没後、空海とともに三筆と呼ばれるほどの文化人であった第52代の嵯峨天皇は、抜きんでた教養の空海に傾倒し密教の支援者となり、空海は高野山に、密教の総本山である金剛峯寺を創設した。つまり、顕教とは、日本密教の教祖、空海が従来の日本仏教に対し密教の優位性を示すため提唱した造語である。


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